| 明治8年創業 | 福井県武生市蓬莱町にて、染料薬品の販売を目的として、松原染料店を開設 |
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| 昭和17年 | 福井県武生市京町に移転 |
| 昭和19年11月 | 松原染料店代表上田清戦死の為、上田きくゑが事業継承 |
| 昭和37年4月 | 上田安範 事業継承 |
| 昭和43年6月 | 株式会社白山工芸を設立。資本金100万円 木工品の販売開始 |
| 昭和44年5月 | 株式会社白山工芸を 資本金400万円 に増資 |
| 昭和44年7月 | 武生市村国町に八王子倉庫を建設 |
| 昭和44年10月 | 株式会社白山工芸を 松原産業株式会社に改称 同時に松原染料店の事業を吸収継承する |
| 昭和45年6月 | 成型工場を建設。北日野工場(矢放町)とする |
| 昭和45年7月 | 松原産業株式会社の資本金を1,500万円に増資 |
| 昭和45年12月 | 本社社屋を武生市村国町八王子に建設 |
| 昭和48年3月 | 北日野工場増設中、溶接の火花により火災発生。C棟及びB棟の一部を焼失 |
| 昭和49年2月 | 大阪事務所を設立 |
| 昭和52年11月 | 松和工業株式会社を設立。健康機器の生産を開始 (代表取締役 上田安範) |
| 昭和53年4月 | 本社を村国町八王子より矢放町に移転 北日野工場を本社工場に呼称変更 |
| 昭和53年10月 | 本社工場にD棟倉庫建設 |
| 昭和54年6月 | 予備発泡棟を建設。送粒装置を全自動化(全国3番目 王子保工場を購入(健康機器の生産) |
| 昭和55年7月 | 松原株式会社(京阪化成株式会社)を引き継ぐ |
| 昭和57年3月 | 松和工業株式会社の健康機器部門を撤退 |
| 昭和57年4月 | 省エネルギー成型機3機導入 C棟西側に魚箱ラインを完成 |
| 昭和57年5月 | 本社合理化工事完了。全ステージ方式となる |
| 昭和57年10月 | 和田山工場においてパイナル130 4機導入 |
| 昭和59年5月 | 本社社屋、F棟を新築落成。熟成サイロをF棟に移動 |
| 昭和59年6月 | スチロールカット部門を王子保工場より本社工場に移転 |
| 昭和59年11月 | 本社工場A棟より出火 |
| 昭和60年3月 | A棟完成 |
| 昭和60年5月 | 省エネルギー工場完成(B棟魚箱専用工場とする) |
| 昭和60年7月 | カラービーズ専用ライン及びクリーニングラインを設置 |
| 昭和60年9月 | 本社にてオフコンの入れ替え、生産、輸送の管理強化 |
| 昭和61年1月 | 本社工場に5tボイラー設置 |
| 昭和62年12月 | 川端倉庫(第二工場)500m²完成 |
| 昭和63年4月 | B棟ステージ方式完成 |
| 昭和63年5月 | テーブルリフター7機導入。仕上げの合理化 |
| 平成元年2月 | シルク印刷機の導入 |
| 平成元年3月 | EOS用ブロック機の導入 |
| 平成元年5月 | VS-2000 2機導入 |
| 平成元年6月 | 西倉庫完成(1,000m²) |
| 平成元年7月 | ラベックス導入 |
| 平成元年12月 | 集中バキューム方式導入 |
| 平成2年3月 | 第1回電気設備合理化完了 |
| 平成3年5月 | 図面室、食堂完成 |
| 平成4年10月 | ウエダ(株)設立 資本金1,000万円 |
| 平成4年11月 | リューピー君(県警シンボルマスコット)完成 武生警察署寄贈 |
| 平成4年12月 | 小野谷倉庫完成 |
| 平成6年8月 | 但馬倉庫設置 |
| 平成6年9月 | 高浜倉庫設置 |
| 平成6年12月 | 第二工場をカット専用工場へ |
| 平成8年5月 | 米ノ倉庫設置 |
| 平成8年10月 | CAD(図面)導入 |
| 平成9年1月 | NCカット機(コンピューター自動カット機)導入 |
| 平成10年4月 | ウエダ株式会社と松和工業株式会社を合併 |
| 平成10年8月 | 自動線張機付ブロックカット機導入 |
| 平成12年8月 | 合理化工事 完成 B棟成型機VS-500ライン. キャノピーライン等 |
| 平成13年4月 | 上田安範社長、会長に就任。上田昌範常務、社長に就任 |
| 平成14年4月 | 事業繁栄計画書の作成 |
| 平成15年11月 | ISO9001:2000認証取得 |
| 平成17年4月 | 産業廃棄物処分業許可 |
| 平成18年4月 | 松原株式会社を吸収合併 |
| 平成18年10月 | 「ESP断熱建材 パイナルフォ-ム」ホ-ムペ-ジ開設 |
| 平成19年5月 | 自動取出機1台・VS1300L2・VS1300L3 計3台導入 |